電子露店 目目

創作品を露店みたいに並べています。よければ見ていってください。

螺旋の悪魔

 遺伝子。塩基配列のうんたらかんたらが螺旋状にねじれあい、ただ一人の能力を、相貌を、人生を決める。
 螺旋の始端には別の螺旋が二つあり、またその螺旋にも二つの螺旋が連なっている。
 螺旋のただなかに私はいる。

 実家は、普通という言葉がよく似合う場所だった。年収、世帯構成、家族関係。どれをとっても、特別長じたところもなく、特別短じたところもない。だけど、普通というのは得てして他者の評価によって決まるものだ。つまり、外側からの視点によって決まるものだ。

 普通な実家は、色々とねじれていた。内側から見てみれば。
 父は仕事ができたが旧時代的な人間で、ジェンダーやハラスメントといった観念に疎かった。母は家事が出来たが自己主張の無い人間で、父へのうっ憤をため込み続けた。兄は勉強ができたが自己中心的な人間で、家族への尊重が無かった。姉は運動ができたが低知能な人間で、流言飛語に流され続けた。

 私は、普通な人間だ。能力、成績、容姿、どれをとっても、特別長じたところもなく、特別短じたところもない。だけど、普通というのは、得てして外からの視点によって決まるものだ。つまり、私の普通は体裁だった。
 私は人を評することはできたが自分と向き合うことができない人間で、ただ外を眺め続けることで内のねじれから目をそらし続けた。
 ゆえに、ねじれはさらにねじれていく。劣等感、無力感、焦燥感。負の感情は動力源となって、ねじれはさらに渦を巻いて。螺旋はその体長を伸ばしていく。蛇のように、うねるように。

 ああ。私は、普通を被りながらねじれていく。連綿と続いたねじれの中で。受け継がれ続けたねじれの中で。
 向き合うことはできる。向き合いたくはない。ねじれる前の自分になりたい。私は生まれたときからねじれている。
 ねじれている。ねじれている。ねじれている。ねじれている。
 螺旋のただなかに私はいる。


「おはよう!」
 通る声。花が咲くような笑顔。
 早朝。校舎一階、玄関にて。よく眠れなかったせいで、彼女と顔を合わせることになった。

「はやいね?委員の仕事?」
「ううん、ただ早く起きただけ」

 そつがない会話。裏表もない会話。私が知る中で、どうにもまっすぐな人。人を見るのは得意だ。それでも、どこにもほつれが見つからない。

「私朝練なんだ!じゃあまたね!」
「うん。頑張ってね」

 手を小さく振りあい、そこで別れた。
 ただ私は、彼女の背を眺め続けた。

 あなたも螺旋の中にいるのよね?その螺旋は、綺麗で、ねじれていないものなのかしら。そんなわけないわよね。私たちは、初めからねじれている。
 そのはず。

 去り行く彼女の足取り。軌跡に色がつくのなら、きっと直線になるような。

 螺旋の悪魔は、どこに潜んでいるのだろう。

 教室へ向かう。私は、彼女が通った軌跡を綱渡りの様に歩いた。階段のところまで。
 悪魔が、運悪く落ちていくことを願った。